KNOWLEDGE
公開:2026-10-01 / 更新:2026-10-08
内側の知識と外側の知識を結び、選ばれる理由に変える
AIを使えば、どの会社も同じように市場の情報を集め、同じような企画の下書きをつくれるようになりました。調べる速さや資料をつくる速さで差がつきにくくなったとき、会社ごとの違いはどこから生まれるのでしょうか。
私たちは、その会社にしかない知識を、顧客に選ばれる理由に変えられるかどうかだと考えています。なぞるでは、この考え方を Knowledge-Based Marketing と呼んでいます。
Marketing is turning knowledge into value.
マーケティングとは、知識を価値に変えることである。
この一文は、Ian Chaston が2004年の著書『Knowledge-Based Marketing』で示した考え方です。Chaston は、知識の管理をマーケティングの実務に生かすことを説きました。
20年以上前の言葉ですが、いま読み返すと、むしろ現在の状況にこそ当てはまるように感じます。生成AIによって、知識の集め方と使い方が大きく変わったからです。
なぞるが考える Knowledge-Based Marketing は、人や組織が積み重ねてきた知識と、市場・顧客・社会から得る知識を結び、顧客に選ばれる理由に変えていくマーケティングです。そして、その結果から学んだことを、ふたたび組織の知識として蓄えていきます。
内側の知識と外側の知識を結び、結果をまた内側に戻す。この往復を続けることが、私たちの考えるマーケティングの中心にあります。
知識と聞くと、マーケティング部の資料や調査レポートを思い浮かべるかもしれません。けれども、選ばれる理由のもとになる知識は、マーケティング部の外にあることも少なくありません。なぞるでは、次の3つの知識を対象にしています。
1つ目は、人が持つ知識(People Knowledge)です。経験や勘、判断の基準、専門性がこれにあたります。たとえば、ベテランの営業担当者が商談の最初の5分で何を見ているか。本人にとっては当たり前すぎて、言葉にされていないことがほとんどです。
2つ目は、組織が蓄えてきた知識(Organizational Knowledge)です。歴史、文化、ブランド、顧客データ、過去の成功と失敗。たとえば、創業以来どんな依頼を断ってきたのか、そしてなぜ断ったのか。そこには、その会社が何を大切にしてきたかがはっきり表れます。
3つ目は、市場から得る知識(Market Knowledge)です。顧客、競合、市場、社会、文化、トレンド。たとえば、顧客が実際に比べている相手は、同業他社だけとは限りません。業界の外にある別の手段かもしれません。
このうち、人が持つ知識の多くは、言葉になっていない暗黙知です。野中郁次郎と竹内弘高は、暗黙知と形式知が行き来することで組織の知識が生まれると説明しました(Nonaka & Takeuchi, 1995)。なぞるの仕事の多くは、この暗黙知を、組織の誰もが使える言葉と型にしていくことです。
「生成AIを導入すれば競争力が高まる」という言葉を、いまあちこちで目にします。研修や伴走の現場でも、AIへの適応は欠かせないテーマです。生成AIは仕事の進め方を大きく変える技術であり、使うことを前提に考えるべきだと私たちも考えています。
そのうえで、一度立ち止まって考えたい問いがあります。生成AIを導入したこと自体で、持続的な競争優位は築けるのでしょうか。
ジェイ・B・バーニーとマーティン・リーブスは、この問いに「築けない」と答えています(Barney & Reeves)。技術の歴史を振り返ると、蒸気機関、電動モーター、PC、インターネットと、影響の大きい技術ほど、やがて多くの企業が使うインフラになっていきました。早く導入した会社が一時的に有利になることはあっても、使い方の知見が広まるにつれて、「使っている」こと自体の差はなくなっていきます。
この点は、経営戦略論のリソース・ベースド・ビューで考えると、よりはっきりします。一般的には競争優位を外部環境から説明しがちですが、リソース・ベースド・ビューでは内部の経営資源に起因すると考えます。そこには2つの前提があります。経営資源は企業ごとに異なるという「異質性」と、それを真似したり手に入れたりするには大きなコストがかかるという「移動困難性」です。
この2つに生成AIを当てはめてみると、どちらも逆の性質を持っていることがわかります。生成AIは多くの企業が同じように使うものになり(同質性)、普及とモデルの改良が進むほど、導入のハードルは下がっていきます(移動容易性)。そう考えると、生成AIそのものを、希少で真似しにくい経営資源とみなすのは難しいでしょう。
では、何が差になるのか。私たちは、組織の知識だと考えています。理由は3つあります。
1つ目は、外の情報は、どの会社も同じように手に入るからです。市場や競合に関する公開情報は、AIを使えば、どの会社でも短い時間で集められます。同じ情報を手にしたとき、差がつくのは、それを自社の知識と結びつけてどう読むかです。
2つ目は、組織に固有の知識は、真似されにくいからです。価値があり、希少で、真似されにくく、代わりがきかない経営資源が、持続的な競争優位の源泉になるとされています(Barney, 1991)。さらに、知識を企業のもっとも重要な資源と捉える考え方もあります(Grant, 1996)。創業から積み重ねてきた判断や、現場の観察から生まれた知識は、外からは見えず、すぐに真似できるものではありません。
3つ目は、学ぶ仕組みがあれば、知識は積み上がっていくからです。市場志向の組織は、市場から学び続ける組織でもあります(Slater & Narver, 1995)。施策の結果を次の判断に戻す仕組みがあれば、使うほど知識が増え、他社との差は少しずつ開いていきます。
バーニーは、経済性を重視しながら持続的な競争優位を追い求めていくと、最後は人と人との関係性に行き着くと述べています。もっとも真似しにくいのは、製品や技術そのものよりも、それらを生み出し、使いこなすための知識や企業文化だという指摘です。
だからこそ大切なのは、すでに持っている希少で真似しにくい資源と組織の能力を、生成AIでどこまで強められるかです。一般的には生成AIの導入そのものが競争力だと捉えられがちですが、組織に固有の強みを広げる道具として捉える見方を、私たちは大切にしています。
知識は、持っていても、そのままでは選ばれる理由になりません。なぞるでは、知識が選ばれる理由に変わるまでを、5つの流れで捉えています。私たちはこれを KNOWLEDGE LOOP と呼んでいます。
まず、人・組織・市場に蓄えられた知識を、事実から見つけます(01 なぞる/TRACE)。次に、「なぜ選ばれているのか」「何が本当の強みなのか」を問い直し、その知識が持つ意味を見いだします(02 問う/QUESTION)。
そのうえで、組織に固有の知識を顧客や市場、社会と結びつけ、選ばれる理由にしていきます(03 結ぶ/CONNECT)。それを、ブランド、商品、顧客体験、コミュニケーション、そして組織やAIの仕組みに落とし込みます(04 実装する/ACT)。最後に、市場の反応を、新しい組織の知識として蓄えます(05 学ぶ/LEARN)。
学んだことは、次になぞる対象になります。5つの流れは一方通行で終わりません。回るたびに組織の知識が増えていく循環です。
5つの流れを一度きりで終わらせず、続けていくには、知識を置く場所、知識を運ぶ人、知識を使う道具が必要です。なぞるが捉えているマーケティングの14の仕組みのうち、次の4つがこれにあたります。
ここで大切にしているのは、AIを施策の1つとして横に並べないことです。AIは、5つの流れ全体を速く回すために組み込みます。「生成AIを使える会社」になることより、組織が持つ知識を誰もが使い、そこから学び、選ばれる理由に変え続けられる状態をつくることを目指します。
マーケティングのプロジェクトに関わるなかで強く感じてきたのは、マーケターに求められる役割の変化です。外部環境の分析にとどまらず、他部門に入り込み、組織の資源を整理して、AIにつなげる。人事やタレントマネジメントのデータ、開発・経営企画・カスタマーサポートが持つ暗黙知を拾い上げ、マーケティングの判断とつなげていく。
こうした部門を越える動きは、部門の境界を越えて知識を運ぶ人=バウンダリースパナーの研究とも重なります。
なぞるのマーケティングナレッジは、この考え方を、調査・戦略設計・組織開発の3つの領域に分けて開発しています。
調査は、市場の知識を事実から集める領域で、5つの流れのうち「なぞる」と「問う」にあたります。戦略設計は、知識を結び、選ばれる理由を設計する領域で、「結ぶ」と「実装する」にあたります。組織開発は、知識が組織の中で運ばれ、使われ、学びとして戻ってくる状態をつくる領域で、「学ぶ」にあたります。
組織開発の記事では、市場の情報を集め、広め、それをもとに動く「市場志向」、部門の境界を越えて知識を運ぶバウンダリースパナー、そして優れたマーケターの行動を日々の手順にした50のマーケティングパターンを解説しています。
最後に、自社の状態を確かめるための問いを5つ挙げます。答えに詰まった問いがあれば、そこから手をつけるのがよいと考えています。