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公開:2026-10-01 / 更新:2026-10-10
成果を出すマーケターは、マーケティング部の中だけで仕事をしていない
優れた戦略を立てても、組織が動かなければ顧客には何も届きません。営業が聞いた失注の理由、開発が持つ技術の制約、カスタマーサポートに届く声。マーケティングに必要な知識とデータの多くは、マーケティング部の外にあります。
では、組織としてマーケティングが機能するために、マーケター個人はどう動けばよいのか。三井不動産の矢倉和雄さんと進めた共同研究では、マーケティング実務者131名への調査から、この問いを確かめました。研究は2025年の日本マーケティング学会で発表し、ベストオーラルペーパー賞をいただきました。この記事では、現場で起きている現象から入り、研究結果と実務への落とし方を解説します。
会社の中では、部門ごとに持っている情報が違います。
| 部門 | 持っている情報の例 |
|---|---|
| 営業 | 商談で顧客が何に困り、なぜ契約しなかったのか |
| カスタマーサポート | 既存顧客からの不満・要望・解約のきっかけ |
| 商品開発 | 技術的に何ができて、何が難しいのか |
| 経営陣 | 事業計画、投資の優先順位、全社のKPI |
マーケティングに必要な情報は、マーケティング部だけに集まっているわけではありません。問題は、それぞれの部門が持つ情報が、そのままでは他部門の意思決定に使われにくいことです。
たとえば営業が「最近、この機能について聞かれることが増えた」と感じていても、担当者の頭の中にあるだけでは、商品開発の優先順位は変わりません。
そこでマーケターが複数の商談記録を確認し、「直近3か月の失注案件の30%で同じ機能が理由として挙がっている」と整理して商品開発に伝える。さらに、営業・開発と話し合い、次の商品改修で対応するかを決める。
| 境界を越える動き | 何をしているか |
|---|---|
| 営業が持つ顧客情報 → マーケティング | 失注理由・商談ログを拾い、施策や調査の仮説にする |
| マーケティングが持つ市場情報 → 商品開発 | 調査結果や広告・検索の示唆を、仕様の判断材料に変える |
| 顧客調査の結果 → 経営会議 | 顧客の声を、売上・粗利・投資の言葉に直して共有する |
| 経営戦略 → 現場の施策 | 全社方針を、広告・営業資料・KPIに落として現場と揃える |
この一連の仕事が、部門の「間」で起きています。
この問いを考えるきっかけは、現場の実感でした。以前『マーケター1年目の教科書』を書くために、50名ほどのマーケターにインタビューをしました。成果を出している人ほど、戦略を考えることより、組織を動かすことに時間を使っていました。
インタビューしたマーケターの一人は、「戦略立案は2割程度で、残りは営業や開発との調整、経営陣への説明、社内への浸透に使っている」と話しました。ここでの「8割」は、研究で実証された比率ではありません。現場の時間配分を示す、一人のマーケターの実感です。
ソニーグループの十時裕樹社長も、組織の境界を越えて知識や活動を共有し、組織の行動を変える人材の大切さを語っています。役職の名前に関係なく、行動で見る視点です。
組織論では、このように部門や組織の境界を越えて、情報を運び、相手に合わせて翻訳し、関係者を調整する人を「バウンダリースパナー(boundary spanner)」と呼びます。直訳すれば、「境界(Boundary)をまたぐ人(Spanner)」です。
ここでいう境界は、会社の外と中だけではありません。営業とマーケティング、マーケティングと商品開発、現場と経営、企業と顧客、企業と代理店など、異なる情報・目標・専門性を持つ人たちの間にも境界があります。
バウンダリースパナーは、その境界を越えて情報を運ぶことに加え、「営業の言葉を開発の言葉にする」「顧客の声を経営判断に使える数字にする」といった翻訳と調整まで担います。
研究では、マーケティングが機能している組織の状態を「市場志向」という物差しで測りました。
市場志向とは、市場の変化をつかみ、それを社内で共有し、実際の商品・営業・施策を変えられている状態です。
顧客インタビューを100件実施しても、その結果がマーケティング部のレポートに残っているだけでは、市場志向の高い組織とは言えません。営業や開発に共有され、商品の仕様や営業資料、広告、予算配分が変わるところまで進んで、初めて「市場の情報を使って組織が動いている」と言えます。
Kohli & Jaworski(1990)は、このプロセスを次の3つに整理しています。
先行研究では、市場志向を高める条件として、経営陣の支援、部門の間の連携、組織の仕組みの3つが示されてきました(Jaworski & Kohli, 1993)。一方で、その中でマーケター個人がどんな行動をとればよいかは、十分に明らかにされていませんでした。今回の研究は、その「個人の行動」に焦点を当てています。
調査は2025年6月27日〜7月12日に、従業員50名以上の企業でマーケティング業務に携わる131名を対象に行いました。経営陣の支援、部門の間の連携、組織の仕組み、バウンダリースパナー行動、市場志向の関係を、共分散構造分析で確かめました。わかったことは3つです。
2つめの結果が、この研究でいちばん伝えたい点だと考えています。
営業とマーケティングの定例会議を毎週開いている。Slackに部門横断チャンネルをつくっている。CRMを全部門で使えるようにしている。これだけでは、部門連携ができているとは限りません。
| よくある打ち手 | それだけでは足りない理由 |
|---|---|
| 部門横断の定例会議を増やす | 会議の場に、顧客情報を持ち込み翻訳する人がいないと、議題が社内都合に寄る |
| 部門横断のチャットを用意する | 投稿されても、判断材料に変わるまで整理・転送されない |
| CRMや共有フォルダを導入する | 入力・集計・他部門への渡し方が決まっていないと、データが動かない |
営業が持っている顧客情報を拾い、それをマーケティングや開発が判断できる形に変え、必要な人へ届ける人が必要です。今回の調査では、部門間の連携そのものから市場志向への直接的な関係は確認されず、バウンダリースパナー行動を介した関係が確認されました。
言い換えると、次のような対比です。
| 打ち手 | 市場志向へのつながり(今回の調査) |
|---|---|
| 会議をつくる・ツールを入れる(連携の場だけ) | 直接のつながりは確認されなかった |
| 境界を越えて情報を動かす人がいる | 情報生成・情報普及を介してつながっていた |
研究上、バウンダリースパナー行動は「信頼・翻訳・調整」の3つに分けて捉えられます。現場のマーケティング業務では、次のように見えます。
| 行動 | マーケターが実際にすること | 具体例 |
|---|---|---|
| 信頼をつくる | 商談同行、営業会議への参加、CS面談への同席、開発会議への参加 | 月2回営業同行し、顧客の発言を直接聞く |
| 情報を運ぶ | 商談ログ、失注理由、問い合わせ、調査結果を他部門へ共有 | CRMの失注理由を月次で集計して商品企画へ渡す |
| 翻訳する | 同じ情報を、相手が判断できる指標に変える | 顧客の声→受注率、広告データ→売上・粗利 |
| 調整する | 部門ごとのKPIや制約を確認して合意点を探す | 営業の要望と開発工数を比較して優先順位を決める |
| 意思決定につなぐ | 会議、商品計画、予算、施策計画に反映する | 失注分析をもとに次四半期の開発項目を変える |
たとえば、ある部品メーカーで失注が続いていたとします。マーケターはまず営業の商談に同行し、営業担当者と話せる関係をつくります(信頼)。そこで「価格より、納期の回答が遅いことで負けている」という声を聞き、失注理由の記録と合わせて、生産管理の会議で「回答までの日数」と「受注率」の数字に直して示します(翻訳)。そのうえで、営業と生産管理が納期回答の手順を一緒に見直す場をつくります(調整)。1人の行動が、3つの部門の知識とデータをつなげています。
3つめの結果も、実務に直結します。バウンダリースパナー行動は、情報生成と情報普及にはつながっていましたが、情報反応にはつながっていませんでした。
マーケターが情報を運んでも、予算や商品開発の意思決定権まで変えられるとは限らない、ということです。人の行動と、組織の仕組みは、二段で見る必要があります。
| 段 | 担うこと | 例 |
|---|---|---|
| 人が情報を動かす | 営業 → マーケティング → 開発 → 経営へ、情報を運び翻訳する | 失注理由の集計、調査結果の共有、会議での説明 |
| 仕組みが意思決定を動かす | 運ばれた情報をもとに、計画・予算・KPIを変える | 商品ロードマップ、予算配分、営業方針、広告予算 |
情報を集めて広めるところは、境界を越える人が担います。ただし、人の頭の中や個人のメモに置かれた知識は、その人が異動すると消えます。運んだ知識とデータを、部門をまたいで誰もが探せる場所に置くことで、組織の知識として残ります。
一方で、情報をもとに動くところは、人の行動だけではつながりませんでした。顧客の声が共有されても、商品の優先順位や予算配分が変わらなければ、マーケティングは機能していません。ここは、経営陣の支援と、意思決定・会議・予算の仕組みで支える必要があります。
企業向け研修・伴走の現場で感じてきたのは、個人のマーケティング能力に加えて、マーケティングが機能する組織を設計することが重要だ、ということです。境界を越える人を役割として置く。運ばれた知識とデータを共有の場所に置く。その情報をもとに意思決定をする仕組みを整える。この3つをそろえることが、マーケティングを組織で機能させる条件だと考えています。
マッキンゼーが2026年4月に公開したレポート「Reinventing marketing workflows with agentic AI」は、自律的に業務を進めるAI(エージェント型AI)が、現在のマーケティング活動の最大3分の2を担うようになると見ています。
一方で同じレポートは、CMO(マーケティング責任者)の約9割がAIの活用を試しているのに対し、マーケティングの業務の流れ全体で成果を得ているのは1割未満だと報告しています。人に残る役割としては、関係者との関係を築いて保つこと、AIの成果物を見直すこと、市場での経験から得た洞察を加えることを挙げています。
| AIが担いやすい仕事 | バウンダリースパナーが担う仕事 |
|---|---|
| GA4や広告データの集計 | 営業担当者から、CRMには書かれていない失注理由を聞く |
| 商談ログの要約 | 開発がその要望を実装できない理由を理解する |
| 顧客インタビューの分類 | 顧客の要望を、事業への影響がわかる形に翻訳する |
| 競合ニュースの収集 | 営業・開発・経営それぞれのKPIを踏まえて優先順位を調整する |
| レポートの初稿、広告コピーの案出し | 最終的に誰が何を変えるのかを合意する |
AIが使えるのは、言葉やデータとして残っている知識です。境界を越える人が運んだ顧客の声や判断の理由を、共有の場所に記録しておくことで、AIもその知識を使えるようになります。
推奨アクションを整理すると、次の5つになります。
1〜4は、境界を越える人が知識とデータを運び、残すためのアクションです。5は、その情報をもとに組織が動くための仕組みです。研究の結果が示すとおり、この2つをそろえることで、マーケティングは組織として機能します。
マーケティングとは、マーケティング部の中で施策を実行する仕事に限りません。顧客・営業・開発・経営の間にある情報をつなぎ、組織の意思決定を変える仕事でもあります。
部門を越えて人を動かすマーケティング責任者を育てる:CMO育成プログラム →